吉田健一 浄信寺

葬儀社での貴重な経験

吉田住職に初めて会う方は、一般的な僧侶のイメージとの違いを感じるでしょう。権威や威圧感を相手に対して持たせないようにと、常に気さくに応じてくださる吉田住職。ともすれば傲慢になりがちな立場でありながら、日々、自問自答して謙虚に前を向いて歩んでおられる貴重な僧侶のおひとりです。
実は驚くことに、吉田住職は僧侶でありながら葬儀屋としても働いたという貴重な経験をお持ちの方でいらっしゃいましたので、インタビューもそんな話から始まりました。

―――葬儀屋として働いたご経験がおありと伺いましたが・・・

吉田住職:はい。とても良い経験でした。
葬儀業界にいたことで、ご遺族や苦しみ悩んでいる方にとって、僧侶がどのような役割を取るべきか、どのような立場に立つべきか、ということを客観的に見る事ができました。
また、従来のお寺さんの良いところと悪いところをいろいろ考える機会でもありましたね。

―――具体的にどのようなことがあったのでしょうか?

吉田住職:いろいろありますが、例えば・・・四十九日の飾付を葬儀屋として回収に行った時のことなのですが、葬儀屋の私にご遺族の方がポツリとつぶやく様に言ったのです。

『お父さんは成仏できたかしらねぇ』

その時、この方はなぜ葬儀屋の私にそんな疑問をぶつけなきゃいけないのだろう、と悲しみを覚えました。もし、この場に宗教者がいて「大丈夫」と言ってくれたら、このご遺族の悲しみを和らげられるのではないかと。

死生観とか、なぜ生きるのかなど、形而上的な命題に対しての答えというのは、人それぞれでありわからないわけです。それでも、そこに対してひとつのお墨付きを与えて「大丈夫」と言える存在が宗教なのではないか。そう思った時、自分ではないと出来ないことがあるのではないかと思いました。それならば、僧侶としてご遺族の悲嘆や苦しみに寄り添っていこうと心を新たにしました。


―――吉田住職が僧侶になったきっかけを教えてください。

吉田住職:小さい頃から、自分の家が寺だと意識したことは全くなかったのです。
なぜなら、祖父が住職でしたが、私の父は全くのサラリーマンでしたから。

その頃から浄信寺は檀家さんが40件程の小さなお寺でしたので、祖父は学校の先生をしながら住職を兼任していました。法事は年に数えるくらい。
父は結局寺を継ぎませんでしたし、祖父からはお寺を継ぐようにと言われたことは全くありませんでした。小さなお寺を継がせるのは苦労させると思っていたようです。
ですから、私が自分から「寺を継ぐ」と言った時は、さすがにすごくうれしかったようでした。

若い頃、全国各地に旅に行った時に、日本の風土の中でウエットな空間を創り出しているお寺という存在に、何か独特な磁場があるように感じていました。お寺が持つ異空間がある種気に入っていましたね。大学は経済学でしたし、仏教にはあまり興味がなかったのですが、お坊さんになってみようかと思いはじめ、大学2年から3年くらいの時に家族と相談しました。
そして、卒業と同時に修行を受けて僧侶の資格を取り、資格取得後すぐに住職を引き継ぎました。祖父ももう85歳でしたから。でも、丁度その年に祖父が亡くなったんです。だからもう、本当に入れ代わりでした。

吉田健一 浄信寺

僧侶としての想い

―――今後の寺社の在り方や、僧侶として現在の想いをお聞かせください。

吉田住職:多くの死を見てきて、「死」の本質とはなんだろうと常に考えています。最初の頃はご遺体そのものにばかりこだわっていたんですね。
でも、死の本質とはそこではなくて、例えば、病院からご自宅に帰ってくるときの家族の悲嘆であったり、逆に皆がほっとしてしまったような家族の様子であったり。

亡くなった方の家に行くと、その方が生きていた頃の生活を垣間見ることが出来るわけです。ひっそり亡くなる方もいれば、近所の人が大勢で出迎えていたりと。そういうのを見てきて、周辺の事が死なのだなと思うようになりました。
周囲の家族の悲嘆や苦痛であったり、介護の問題が見え隠れするようなことだったりと、全体をひっくるめないと死の本質が見えてこないんです。

葬儀屋として人と関わって、何かお手伝いができることは喜びですけれど、百人いれば百人の葬儀屋さんが出来ることですので、私じゃなくてもいいわけです。
でも、僧侶というのはやっぱり特別なものですし、わざわざ資格も取って衣を着ているわけです。葬儀屋さんの一言よりも、きっと衣を着ている人の一言の方が何かの役に立つこともあると思ったのです。
私が見てきたことは、私が生かさなければどうしようもないのですし。
それなら兼業という中途半端な状態から脱して、衣一本でやってみようと。

葬儀業界と寺社は何かお互いに、意地の張り合いみたいなことばっかりやっている気がするのです。でも、「いやいやそうじゃなくて、ここに悲しんでいる方がいるんだからお互いの立場で出来る事があるでしょう」と言えたらいいなと思っています。双方の言い分を通訳できればいいのかなと。

―――最期に永代供養墓を求める方へ伝えたいことはありますか。

吉田住職:そういうことを相談できる窓口って、なかなか見つからないんですよね。
「まず葬儀屋さんにいく」というのが通常になっていますけれど、それがプラスだとは必ずしも思わないのです。
一般の方にとって、お墓という部分は最後の最後のことですし、自分の死後の事でもあるので、後に残される人のことを想うと・・まずはお墓を何とかしようと思うのでしょう。でも本当は、お葬式などその前の事が実際問題すごく不安だったりする。
ですから、その前にあるいろんな問題や、悲嘆の処理の仕方の問題も含めて、全て私と一緒に考えていきましょう、というスタンスでいたいですね。

一般の霊園がここら辺にも多くできましたが、あちらとは全く方向性は違うということを伝えたいですね。向こうは入れたら入れたで終わりですが、こちらはその周りのケアもしますし、お葬式の事も一緒に考える。後に残された方の悲しみの事も一緒に考えるし、向き合う。
ベルトコンベアで流れてくる霊園とかもありますよね。でも、一人一人の顔と名前や、どういう悩みを持っているだとか、家族構成だったりを知ってるのかと言いたい。知らなくてもいいし、知ってほしくない人もいるでしょうけど、私の所に来る方のことはやっぱりちゃんとわかっていたいと思っています。
ご家族の事やペットのことまでも、そしてお葬式の事まで相談に乗れるようなところがこういうお寺の良いところでもあるし、もっと言えば、お葬式後のことも一緒にご相談に乗れるようにかかわっていけたらと。

あくまでも永代供養墓というのは一つの目印であって、最終目的だとは私は考えていないんですね。「ここに来たら安心しちゃった」ということの一つのセーフティーネットという存在でありたいですね。
永代供養墓に関しては、こちらから『こういう事が出来ます』と言うのではなく、「どういうことでお困りですか」という姿勢でいたいと思っています。
どういう理由でどのような状況なのかを伺って、それに応じたものを一緒に考えていきたいですね。遺骨の一時預かりなどもしていますし、ご夫婦だけのお墓のレンタルのような永代供養の方法もありますので。
でも、永代供養というのは供養が前提です。浄信寺は浄土宗のお念仏の宗派ですから、それでよろしいなら、ということがまずあります。大抵の方はそんなに宗派にはこだわらない傾向ですけれど。
それから、戒名が無くても俗名でもよいですし、私の方が戒名をつけるとしても別にお代は頂きません。もちろん、過去の宗教宗派は問いません。
毎年、春と秋2回の合同供養は浄土宗のお式で行います。
詳細は規約を見て頂いて、わからないことや相談したいことなどございましたら、いつでも気軽にご連絡ください。

ありがとうございました。

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